同じ文章が何種類もあるとき――冊子に載せる本文をどの稿から選ぶか
内容の違う原稿が複数あるときは、更新日時だけで最終稿を決めず、全文の違いや本人の指定を照合します。二つの短い稿を使い、掲載の基にする稿と理由の残し方を考えます。
HUKUSYA / JOURNAL

同じ文章の手書き稿、入力したファイル、以前の掲載版が残っているとき、ファイルの更新日だけで冊子に載せる本文を決めないようにしましょう。内容を見比べ、作者がどの稿を指定したか、発表や校正の記録が残っているかを確かめて、今回の掲載の基になる稿を選びます。
作者の最終稿と確定できなくても、今回どの稿を選んだかと、その理由を示す方法はあります。別々の稿から気に入った表現を集める場合は、元のどの稿とも異なる本文を作ることになるため、編集側だけで進めず、作者や発行責任者へ判断を戻します。
まず稿を別々に残し、一つの本文へ上書きしない
照合を始める前に、それぞれの稿へ見分ける名前を付けます。「手書き稿A」「入力稿B」「掲載版C」のように、どの資料か分かる呼び方にし、元の紙やファイルを残します。違いを見つけるたびに一つのファイルへ書き足すと、どの稿にあった表現かを追いにくくなります。
更新日時は、手がかりの一つとして記録します。ファイルをコピーしたり、古い原稿を入力し直したりした日かもしれないため、その日付だけを執筆順や作者の最終判断の証拠にはしません。紙にある日付、送付時の説明、校正の指示など、内容と結び付く記録を合わせて見ます。
短い二稿でも、言葉だけでなく場面が変わる
この案では、同じ水やりの場面について、次の二稿が残っていると考えます。
稿A
夏休みの朝、縁側で小さな鉢に水をやった。土はすぐに黒くなった。祖母は庭の奥で草を抜いていた。
稿B
朝、縁側の鉢に水をやった。土の色が変わるのを見るのが好きだった。庭には風だけが通っていた。
稿Bでは「夏休み」と「小さな」がなくなり、土の変化を見る気持ちが加わっています。稿Aにいた祖母の記述はなく、末尾の庭の描写も違います。単に誤字を直した違いではなく、読者に見せる場面と語り方が変わっています。
ここで、稿Bへ稿Aの祖母の一文を足すと、どちらの稿にもない組み合わせになります。「両方のよいところを残した」つもりでも、作者が外したかった文を戻してしまう可能性があります。なぜ変わったのかを確認できなければ、編集側の推測で意図を決めません。
一部分だけでなく、全文を対応させる
長い原稿では、最初の数行が同じでも、途中の段落が移動していたり、結末が変わっていたりします。題名、冒頭、各段落、末尾を対応させ、抜けているのか、別の位置へ移ったのかを見ます。照合したところと、まだ見ていないところを分けて記録してください。
誤字や句読点の違いと、内容・順序・語り口の違いも区別します。本文へ採り入れる修正を相談する際に、「表記を直す」のか「別稿の内容へ変える」のかが分かるようにするためです。専門的な校訂や真贋の判定まで必要な場合は、通常の冊子編集とは別の作業として担当を確認します。
今回使う稿と、選んだ理由を残す
選ぶための材料は、作者の指定、どこへ発表した稿か、校正でどの変更が認められたか、といった記録です。掲載されたことだけで、その後の改稿より優先するとは決めず、今回の刊行で何を残すかを作者や発行責任者が判断します。
実際の刊行例として、新潮社は2024年の安部公房『飛ぶ男』文庫版について、遺された元原稿を底本にしたと説明しています。[1] 底本とは、掲載する本文の基にする資料のことです。この例から、家庭にある複数稿のどれを選ぶべきかが自動的に決まるわけではありませんが、何を基にしたかを示す参考になります。
先ほどの二稿なら、この冊子では稿Bをそのまま載せる案とし、選定記録を次のように残せます。
- 掲載の基にする稿:稿B。
- 今回選ぶ理由:水やりをする本人の気持ちを中心に読んでもらうため。
- 確定していないこと:作者の執筆順と、どちらを最終稿としたか。
- 稿Aの扱い:本文へ混ぜずに保管し、載せる場合は別稿として分ける。
これは選び方を示す計画で、実際の作者や発行責任者が承認した記録ではありません。実原稿では、選定した人と確認日、判断に使った資料を記録し、今回の掲載稿を確定します。
最終稿と分からないなら、その範囲で説明する
根拠が足りない場合は、「作者の最終稿」と断定する代わりに、今回選んだ資料を説明します。たとえば「本冊子では、保管されていた稿Bを掲載しました。他に内容の異なる稿Aが残っています」という注記の案なら、確認していない執筆順まで言い切らずに済みます。
別稿も読みたい家族がいるなら、本文と同じ場所へ文を混ぜるのではなく、巻末へ分けて載せる方法を相談できます。資料をどこまで紹介するか、違いをどの程度説明するかは、読者とページ数を踏まえて決めます。
各稿と、分かっている経緯を一緒に相談する
複写 HUKUSYAへ原稿整理や冊子編集を相談するときは、一つのファイルへまとめる前の各稿をお知らせください。作者の指定、以前の掲載先、校正の記録などがあれば、本文との対応が分かる形で添えます。不明な経緯は不明のまま伝えて構いません。
どの稿を基にするか、表記をどこまで整えるか、別稿を載せるかを、依頼側の確認者と相談します。原稿の画像化、全文の照合、編集、専門家による確認は必要な作業が違うため、冊子・書籍の編集と制作の案内から、担当と費用を個別に確かめて進めます。
参考資料
- [1] 新潮社による『飛ぶ男』文庫版の刊行案内(2024年2月2日)(採用した底本の説明)



